聖書の知恵

主を恐れることは、知恵の初め ―聖書―

日本航空123便墜落事故から

昨日、2019年8月12日は、御巣鷹山日本航空123便墜落事故から34年目の節目でした。毎年お盆のころになると必ずこの話題がメディアに現れます。

私にとってこの報道は特別の意味を持っています。なぜなら、私はこの直前に、全く生まれ変わって(ボーンアゲインして)クリスチャンとなったからです。

 

だから、御巣鷹山の報道を見るたびに、

「ああ私の信仰も34年になったんだな。」とか、

「ああこの頃にイエスさまに初めてお会いしたんだな。」

などと自分の信仰を振り返るきっかけとなるからです。

 

この事件は、私にとってもう一つ、大きな意味を持っています。それは、主の導かれる祈りを学んだということです。

34年前のあの日、私は農作業のアルバイトのため、御巣鷹山の近くにいたのです。広い畑で農作業をやっていました。すると突然

ゴォ~!

頭上を飛行機が飛ぶ音がしたのです。雲のせいで機体は全く見えませんでした。

そのとき、突然心に、悲しいような苦しいような衝撃が走ったのです。

ただの飛行機の音なのになぜ?

と思いましたが、そのとき

「このために祈らなくちゃ!」

と思いました。意味もよくわからないのですが、何か大変なことだとという実感があり、聖霊が祈りを導いていると思いました。

「何を祈ったらいいのかわかりませんが、あの飛行機のことで、神様のみこころがなりますように!みこころがなりますように!」

としばらく祈り続けたのです。

その夜(次の日か)ニュースをみて、びっくりしました。すぐ近くで飛行機墜落事故。。。生存者が4名。

「このための祈りだったんだ。」

と納得したのです。結局大きな事故となって、大勢が亡くなってしまいました。でも、4名が生存していたことは奇跡的であり、私にとって祈りの学びとなりました。

エスさまは、このように祈りを通して私たちを用いることがあるのだと思いました。そして、これを祈りなさい。とか、こう祈りなさい等、具体的に祈りを導いてくださる神様であることを学んだのです。

勿論、自由に祈っていいのです。でも導かれるように祈っていくと多くの結果を見ることになると思わされました。

 

聖霊に導かれる祈りをしていきましょう!